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オーケストラの理想型
![]() | ワーグナー:さまよえるオランダ人 序曲 (2004/10/27) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 商品詳細を見る |
ぼくが今までに一番聴いたCDはおそらくこれだろう。
ホルスト・シュタイン指揮ウィーン・フィルによるワーグナー。就中「マイスタージンガー」前奏曲。
クラシック音楽に興味をもってまだ間もないころ、近所の図書館から借りてきたオムニバスCDに入っていたのが、この音源だった。そのときはなんてことはなかったけど、すこしあとに別の場面でこの前奏曲を聞く機会があり、ふと思い出したようにあらためて接してみて、これは素晴らしい演奏だと思った。以来現在まで愛聴盤でありつづけている。
管と弦、高音と低音の絶妙なバランス、そこに痛打されるティンパニ、淀みなく流れるテンポと明晰なフレージング、そして往時の面影をとどめたウィーン・フィルのサウンド…。「マイスタージンガー」のベスト演奏であるばかりでなく、自分がオーケストラの響きとして思い描くひとつの理想型と言ってもよい。そういえば、この演奏への思い入れが高じて、某音楽雑誌に文章を投稿し、掲載されてしまったことも…。
まあそれはさておき、曲の後半、「マイスタージンガーの動機」を弾くコントラバスの深々とした響きの素晴らしいこと! そう、これはバス弾きを唸らせる演奏でもあるに違いない。
N響の名誉指揮者でもあったシュタインは、そこでも「マイスタージンガー」を含む管弦楽曲集をセッションで録音している(東芝EMI)。また、同じ組み合わせでライヴを収録した音源もある(キング・レコード)。いずれもテンポ、造型といった演奏設計は一貫しており、ウィーン・フィル盤がけっして楽団の力量や、録音スタッフの技術によりかかっただけのものではないことを証明している。
そのシュタイン、今年7月に亡くなった。
最後の来日は、1998年2月。ここにあげたCDをちょうど夢中になって聴き始めたころだ。
五輪と音楽
北京オリンピックも残すところあとわずか。今日はそれにまつわる音楽のはなし。
オリンピックの音楽というと、ジョン・ウィリアムズがまずは思い浮かぶ。彼は、ロス、アトランタ、ソルトレイクと3度にわたり公式テーマ曲を担当した。どれも競技場で演奏される式典音楽として人々が期待する通りの響きをもっていて、ストレートに祝祭的な気分を盛り上げてくれる。こういうときのジョン・ウィリアムズは、同じく式典音楽を得意としたウィリアム・ウォルトンの筆致をふと連想させる。
この手の楽曲をやはり得意としたリヒャルト・シュトラウスも実はオリンピックに曲をよせている。「オリンピック讃歌」と題された作品は、ナチス政権下で開催された1936年ベルリン大会のために書かれた。初演は開会式にて、指揮はシュトラウス本人。混声合唱とオーケストラによって演奏され、時間にして約3分半。ブラームスの「ドイツ・レクイエム」の第6曲後半を想起させる、盛大にして荘厳な音楽。
下記ディスクは、シュトラウスの没後50年である1999年に収録されたライヴ。拍手も収められていて、希少音源の文献的役割を目指したというより、作曲者の死後半世紀を経て本国にておこなわれた意義深い演奏会の記録といった趣(あるいは単なる予算の都合か)。演奏水準は、曲を知るうえではまあ不足なしといったところかな。
オリンピックの音楽というと、ジョン・ウィリアムズがまずは思い浮かぶ。彼は、ロス、アトランタ、ソルトレイクと3度にわたり公式テーマ曲を担当した。どれも競技場で演奏される式典音楽として人々が期待する通りの響きをもっていて、ストレートに祝祭的な気分を盛り上げてくれる。こういうときのジョン・ウィリアムズは、同じく式典音楽を得意としたウィリアム・ウォルトンの筆致をふと連想させる。
![]() | サモン・ザ・ヒーロー (2008/07/23) ジョン・ウィリアムズ 商品詳細を見る |
この手の楽曲をやはり得意としたリヒャルト・シュトラウスも実はオリンピックに曲をよせている。「オリンピック讃歌」と題された作品は、ナチス政権下で開催された1936年ベルリン大会のために書かれた。初演は開会式にて、指揮はシュトラウス本人。混声合唱とオーケストラによって演奏され、時間にして約3分半。ブラームスの「ドイツ・レクイエム」の第6曲後半を想起させる、盛大にして荘厳な音楽。
下記ディスクは、シュトラウスの没後50年である1999年に収録されたライヴ。拍手も収められていて、希少音源の文献的役割を目指したというより、作曲者の死後半世紀を経て本国にておこなわれた意義深い演奏会の記録といった趣(あるいは単なる予算の都合か)。演奏水準は、曲を知るうえではまあ不足なしといったところかな。
![]() | Chorwerke (2004/07/20) Hans-Peter Scheidegger、 商品詳細を見る |
バレエとシンフォニー、ワルツとソナタ
「白鳥の湖」のワルツが好きだと以前ブログで書いた。
この曲が発表されたのが、1877年。これがチャイコフスキーにとって初めてのバレエ音楽となる。
この分野での彼の功績は、単なる舞踊の伴奏とされていた世界にシンフォニックな要素を導入し、ひとつの独立した管弦楽曲として通用する次元にまで高めたことだとされる。彼の存在なくしては、その後のロシア・バレエの伝統も生まれなかったかもしれない。
逆もまた然り。
「白鳥」のすこし前に完成された第3交響曲は、翻って全編バレエ音楽のようなシンフォニーだ。たとえば第2楽章は、お得意のワルツ。
そう、のちの「第5」や「悲愴」でも彼はワルツ楽章を書いた。
もちろん、交響曲のなかにワルツをおいた作曲家ならほかにもいる。
チャイコフスキーのそれがバレエ的たる所以は、それにとどまらずソナタ形式の楽章にまでワルツの楽想をとり入れてみせたところにある。
「第4」の第1楽章主部。比較的ゆったりとした9/8拍子で書かれた音楽、スコアには「ワルツのテンポで」という指示がある。つまりは「3/8拍子のワルツ×3」を1つの小節とする音楽。強拍を巧みにずらされた旋律線が、円舞曲の形を借りて不安と焦燥感にあふれた音楽を作りだしていく。
そして、「第5」の第1楽章主部。ここでは、重苦しい足取りの行進曲(第一主題)と憧憬に満ちたワルツ(第二主題)が見事に対比される! 6/8拍子を用いれば、2拍子と3拍子の楽想を違和感なく両立させることができるという着想が、バレエとシンフォニーに幸福なる結びつきをもたらした。
チャイコフスキーがふたつの分野でものした傑作は、どちらか一方が欠けていてもきっと成り立たなかったのだと思う。
もっと扇情的にやることも可能だろうけど、オケがシカゴならそんな演出は無用とばかりに、アバドはゆったりめのテンポを基調にして細部まできっちり鳴らしていく。当コンビによる交響曲全集中、これは成功した一枚。
各主題の描き分けという点に関しては、シノーポリが素晴らしい。優秀なオケと録音(やや残響が多めだけど)も手伝ってドラマチックな名演に仕上がっている。
この曲が発表されたのが、1877年。これがチャイコフスキーにとって初めてのバレエ音楽となる。
この分野での彼の功績は、単なる舞踊の伴奏とされていた世界にシンフォニックな要素を導入し、ひとつの独立した管弦楽曲として通用する次元にまで高めたことだとされる。彼の存在なくしては、その後のロシア・バレエの伝統も生まれなかったかもしれない。
逆もまた然り。
「白鳥」のすこし前に完成された第3交響曲は、翻って全編バレエ音楽のようなシンフォニーだ。たとえば第2楽章は、お得意のワルツ。
そう、のちの「第5」や「悲愴」でも彼はワルツ楽章を書いた。
もちろん、交響曲のなかにワルツをおいた作曲家ならほかにもいる。
チャイコフスキーのそれがバレエ的たる所以は、それにとどまらずソナタ形式の楽章にまでワルツの楽想をとり入れてみせたところにある。
「第4」の第1楽章主部。比較的ゆったりとした9/8拍子で書かれた音楽、スコアには「ワルツのテンポで」という指示がある。つまりは「3/8拍子のワルツ×3」を1つの小節とする音楽。強拍を巧みにずらされた旋律線が、円舞曲の形を借りて不安と焦燥感にあふれた音楽を作りだしていく。
そして、「第5」の第1楽章主部。ここでは、重苦しい足取りの行進曲(第一主題)と憧憬に満ちたワルツ(第二主題)が見事に対比される! 6/8拍子を用いれば、2拍子と3拍子の楽想を違和感なく両立させることができるという着想が、バレエとシンフォニーに幸福なる結びつきをもたらした。
チャイコフスキーがふたつの分野でものした傑作は、どちらか一方が欠けていてもきっと成り立たなかったのだと思う。
![]() | Tchaikovsky: Symphony No.4/Romeo & Juliet (Fantasy Overture) (1990/10/25) 不明 商品詳細を見る |
もっと扇情的にやることも可能だろうけど、オケがシカゴならそんな演出は無用とばかりに、アバドはゆったりめのテンポを基調にして細部まできっちり鳴らしていく。当コンビによる交響曲全集中、これは成功した一枚。
![]() | チャイコフスキー:交響曲第5番 (2006/04/12) シノーポリ(ジュゼッペ) 商品詳細を見る |
各主題の描き分けという点に関しては、シノーポリが素晴らしい。優秀なオケと録音(やや残響が多めだけど)も手伝ってドラマチックな名演に仕上がっている。
ブログ再開
押井守監督の最新作「スカイ・クロラ」が公開中だ。
森博嗣の小説の映画化である本作、いつになくプロモーションに積極的なのは(監督自身が「いいとも」に出演したり)、「ひとりでも多くの若者に観てもらいから」だという。
押井監督の描く哲学的題材と斬新な映像表現には、海外にも熱烈な信奉者を生み出してきた。以前NHKで放送された立花隆との対談にうならされた人も多いだろう。
ぼくも、彼の作品には関心をよせている一人だけれど、それをあえて文章化して言及するほどには(別にする必要もないのだが)、内容を咀嚼しきれていないか。
…というわけで、音楽担当として押井映画を支えてきた川井憲次について書くことにしよう。
いや、でもその前に、ちょっと劇場に足を運んでみるかな。
森博嗣の小説の映画化である本作、いつになくプロモーションに積極的なのは(監督自身が「いいとも」に出演したり)、「ひとりでも多くの若者に観てもらいから」だという。
押井監督の描く哲学的題材と斬新な映像表現には、海外にも熱烈な信奉者を生み出してきた。以前NHKで放送された立花隆との対談にうならされた人も多いだろう。
ぼくも、彼の作品には関心をよせている一人だけれど、それをあえて文章化して言及するほどには(別にする必要もないのだが)、内容を咀嚼しきれていないか。
…というわけで、音楽担当として押井映画を支えてきた川井憲次について書くことにしよう。
いや、でもその前に、ちょっと劇場に足を運んでみるかな。
歌を聴くなら…
楽器を弾くなら中低音に限ると思っているくせに、こと歌を聴くことに関しては、圧倒的に女声を好む。なぜだかわからないけど。
とりわけ「ポピュラー・ミュージック」で惹かれるのはたいてい、女性の、それもバラード。
てっとり早い例を挙げるなら、今井美樹の「PIECE OF MY WISH」とか、シャーリーンの「愛はかげろうのように」とか…まあその手の曲です。
だから、「You Raise Me Up」で日本でもブレイクしたCeltic Womanの「One World」なんかも、(今さらながら)やはり気に入ってしまった。
商業音楽におけるケルトミュージックの社会学的考察?
それは、今のぼくがない頭をひねって考える問題でもないかな。
とりわけ「ポピュラー・ミュージック」で惹かれるのはたいてい、女性の、それもバラード。
てっとり早い例を挙げるなら、今井美樹の「PIECE OF MY WISH」とか、シャーリーンの「愛はかげろうのように」とか…まあその手の曲です。
だから、「You Raise Me Up」で日本でもブレイクしたCeltic Womanの「One World」なんかも、(今さらながら)やはり気に入ってしまった。
商業音楽におけるケルトミュージックの社会学的考察?
それは、今のぼくがない頭をひねって考える問題でもないかな。







